2026-08-18
鮮魚街道 船路をなぞる旅
鮮魚街道(ナマカイドウ)という街道がある
江戸の時代、銚子沖でとれた鮮魚を江戸に運ぶためのルートである
むかしは房総半島をぐるっと回る航路は荒波の影響で開拓されてなかった(とくに南端あたりは大陸棚の端が沿岸付近にあって急に波が高くなるので)
そういうわけで銚子から舟をひっぱって利根川を逆上し、江戸川に運び入れてそこから湾に出して日本橋まで届けるという物流ルートが使われていた
ただそれでも生魚はもたないのでこれをショートカットすべく布佐駅のあたりから江戸川に面する松戸までの陸路を馬の背に載せ替えて運ぶということがされていた
このときの道が鮮魚街道である
今回はその松戸から先、日本橋魚河岸までの再び舟に載せ替えて行く区間をなぞるルートを歩いた
船路といっても海には出ず江戸川から細い横向きの河川をハシゴしていくルートである
松戸を出て途中矢切りの渡しを渡り、篠崎町のあたりで高徳街道にそってのびる旧江戸川へ、そしてに葛西のあたりから新川に入り、荒川を渡って旧中川、小名木川へと入り、隅田川を渡り、日本橋川へと達する30kmほどの道のり
朝10時頃でてえっちらおっちらと歩きつつ、飯を食い、雨宿りをし、コーヒーを飲み、途中酒を飲みとぶらぶらしながら1日がかりであるいた
到着は20時頃
それほど多くの石標が残ってるわけではないが友人と話しながら1日歩くには充分なテーマの散歩だった
江戸の時代、銚子沖でとれた鮮魚を江戸に運ぶためのルートである
むかしは房総半島をぐるっと回る航路は荒波の影響で開拓されてなかった(とくに南端あたりは大陸棚の端が沿岸付近にあって急に波が高くなるので)
そういうわけで銚子から舟をひっぱって利根川を逆上し、江戸川に運び入れてそこから湾に出して日本橋まで届けるという物流ルートが使われていた
ただそれでも生魚はもたないのでこれをショートカットすべく布佐駅のあたりから江戸川に面する松戸までの陸路を馬の背に載せ替えて運ぶということがされていた
このときの道が鮮魚街道である
今回はその松戸から先、日本橋魚河岸までの再び舟に載せ替えて行く区間をなぞるルートを歩いた
船路といっても海には出ず江戸川から細い横向きの河川をハシゴしていくルートである
松戸を出て途中矢切りの渡しを渡り、篠崎町のあたりで高徳街道にそってのびる旧江戸川へ、そしてに葛西のあたりから新川に入り、荒川を渡って旧中川、小名木川へと入り、隅田川を渡り、日本橋川へと達する30kmほどの道のり
朝10時頃でてえっちらおっちらと歩きつつ、飯を食い、雨宿りをし、コーヒーを飲み、途中酒を飲みとぶらぶらしながら1日がかりであるいた
到着は20時頃
それほど多くの石標が残ってるわけではないが友人と話しながら1日歩くには充分なテーマの散歩だった